課題内容
アメリカ文化について
注:このレポートは課題と趣旨がずれた物となっております。
ウォルト・ディズニーを思う
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日本にある「東京ディズニーランド」は、今や、「ディズニーシー」が完成し、「ディズニーリゾート」と呼ばれるに至った。本場アメリカのディズニーランドも、日々、多くの人間を魅了している模様である。 世紀を隔ててなお、人々の心を捉えて離そうとしないこれらのテーマパークを作ろうとした人物こそ、かの有名なウォルト・ディズニーその人である。 ウォルトの描いた夢は、彼の死後なお生き続け、何処へ向かうのだろうか。もはや、彼の手を離れて幾年もが過ぎ、彼自身が描いた形をとうに失っているような気もするが、そこから始まった人々の夢は、今日も膨らみ続けている。 彼の残した形跡は、テーマパークだけではない。数々の長編、短編を問わぬアニメ作品、それらの随所に鏤められた数々の楽曲、ウォルト・ディズニー・カンパニーもその一つだろう。 彼は、会社をも作り上げたが、それは、もしかすると、己の思い描く世界を形にする為の一段階に過ぎなかったのかもしれない。何にせよ、彼が立ち上げた場所で、様々な作品が作られ、昨年の冬には、日本でも、「ピーターパン2」が上映されるに至った。 「蒸気船ウィリー」に始まり、音と映像の融合を重視した作品たちは、今や、アメリカという一つの国の文化を担う傍ら、世界に向けた一つの作品として形作られている。 かつて(おそらくは、ウォルトが存命中に)、ウォルト・ディズニー・カンパニーの、アニメにしろ、実写のミュージカルにしろ、何らかの作品を体験した子どもたちは、今や成長し、中には、文化というものを形成する一手となった、なろうとしている、なりつつある者たちがいることだろう。 人は、幼い頃に見聞きした様々な事象の影響を受けて時代を担う。かつて、ウォルトが夢見た世界は、それを体験した人々の手によって、次代を担う人々へ受け継がれてゆくのかもしれない。これこそが、「文化」の形なのではないかと、私は思う。 ウォルトが存命中、ウォルト・ディズニー・カンパニーは、独自の形、方法を確立したと言えよう。それは、世界に向けられた一つの「文化」を形成した。それでも、彼がアメリカを拠点に動いた以上、これは、アメリカの文化をも担っているのである。 何より、ウォルト自身が、アメリカの「文化」の体験者なのである。先にも述べたが、人は、己の体験に影響される。かつて、ウォルト・ディズニー少年が体験したことは、少なからず、その作品にも影響を与えたことだろう。 これが、受け継がれると言うことなのではないだろうか。 「文化」の「継承」は、単に、同じ者を同じように作り続けるということに留まらず、形を変えてなお、生き続けることも可能なのではないだろうか。ウォルトの成し遂げた事柄は、そのような見解さえ、生み出す気がする。 ウォルトは亡くなり、彼と共に作品を作り続けた者もまた、世代交代を経て久しい。それでも、ウォルトが立ち上げたウォルト・ディズニー・カンパニーは、現存する。現存し、作品を作り続けている。同じように、彼の作り上げたテーマパークは、今日も多くの者を魅了する。 今現在においても、彼の作り上げた、創ろうとした文化は、形を変えながらも、生き続けている。いや、形が変わったように見えて、その実は、彼自身が目指した形は、何ら変わっていないのかもしれない。 誰かが思い描いた「夢」がある。そこから形作られる「もの」があり、それが与える「夢」がある。この連鎖こそが、「文化」というものなのかもしれない。 それ故に、「アメリカ」で育ったウォルト少年は、図らずも「アメリカ」の文化を担うという事になったのである。 かつて、「白雪姫」が完成された頃、日本は戦時下にあった。ウォルト・ディズニー・カンパニーのこの作品の存在を知ったある日本人は、その時点で日本の敗戦を悟ったという。 彼は、アメリカも荷担していた戦争の最中、あの名作を作り上げているのだ。それは、彼の反戦の意志だったのかもしれない。 そして、「ラウンド・ゼロ」以後続く状態を憂いてか、彼の残したウォルト・ディズニー・カンパニーは、「戦時下で夢をなくした子どもたち」を主人公にした作品を世に示した。 文化は世相の影響を受ける。しかし、文化もまた、影響を与えることが可能であると私は信じたい。 ウォルトの遺した数々の夢がある。これが何をもたらすのか、今少し見ていたいと思う。願わくば、ティンカーベルの羽根が失われることのないように。 |